マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった

もともとはマイクロソフトの社員(しかも、飛ぶ鳥を落とす勢いがあった頃の)であったジョンが、休暇をとって旅行にいったネパールでの出来事をきっかけに、世界のあらゆる人たちに学びの機会を提供することを自らの使命として取り組んでいく様子が描かれている。

率直な感想は、とてもいい本。「読んだ甲斐があるなぁ〜」と思える内容。社会起業家が書いた本は、他にも読んだことがあった。そのときも面白かったのだけど、僕の趣味としては今回読んだ本の方が好みに合う。共感と敬意にあふれた読後感だった。感動して終わるのではなく、アタマとココロの中に何かを植えられたような感覚が残る。自分の人生に、一歩近づいたような気もする。


この本、印象に残ったことがたくさんある。僕の手元にある本は、たくさんのページが折られた状態(折り目が折り目の役割にならないくらい)。


■社会の期待に背く

人は、多くの場面において、社会の期待にこたえるように選択し、行動する。それは、社会適合性の高さであるのかもしれない。しかし、それが本当に自分にとっての幸せかどうかはわからない。自分が本当に求めていることを知ったとき、それが社会の期待に反するだったら・・・。
筆者のジョンが遭遇するのは、まさにこの事態。マイクロソフトという大企業のエリートに属する人間が、収入の見通しさえつかない世界に入ろうとする。そんなとき、どういったことに立ち向かうことになるのか。


最初に現れるのは「世の中的な価値を見限る」こと。
たとえば、十分に裕福な暮らしを維持し続けられるだけの収入。あるいは、多くの成功者たちが集うパーティーに参加したときに自己紹介するときの地位・肩書き。そうしたものが一切合財なくなる。こうしたものを捨てなければならない事実に直面する。
即物的に限ったことではなく、人間関係にも同じことがいえる。だからこそ、さらにしんどい。


そして、なんとか進んだあとに訪れるのが「代償を受け入れる」こと。
失うことを選択したものが、目の前の現実として自分を苦しめにかかってくる。たとえば、毎月毎月着実に減少を続けていく貯蓄。あとどれくらい持つのか、その頃には収入を確保できるのかすらわからないことで、不安が強まっていく。あるいは、価値観をともにできなかった人々が離れていく様子。一緒に過ごすことが幸せだったはずの人たちと離れて、自らの幸せを追い求めるという現実。他にも、資源がないことで動かせない事態に自分の無能さを感じさせられる瞬間。
あらゆる機会を通じて、自分に「代償」があることを痛感させられる状況に直面する。これらを乗り越え続けること。


さらには「邪魔が入る」こと。
社会的な意義の高いことをやっているとはいえ、それを止めにかかる人は枚挙に暇が無い。できない理由をあげつらう人、分析や評論を繰り広げるだけの人々。活動の本質をまったく理解せずに、大切な時間とコストを巻き上げるようなふるまいをしてくる人と向かい合わなければならないこともある。
付き合わなければいいと言ってしまうと簡単だが、どうあがいても耳に入ってきてしまうことはあるもので、そうしたことへの対処だけでもなかなかに骨が折れるものだと思う。


夢や幸せにむかってまっしぐらになるためには、それとは逆の側面が現れることもありうる。そうした事態を乗り越えてでも取り組んでいく気概。幼い頃から培ってきた「社会の期待にこたえる」という、ある種の誤解も含められた価値観。これをいかに切り替えて、かつ維持できるか。


ここに書いた感じだと、ちょっとネガティブに捉えられるかもしれない。実際、追い詰められていくような状況はあるだろうから、本当に苦しいものでもあると思う。
しかし、実は、大事なのはそういう捉え方ではない。「社会の期待に踊らされないで、本当の自分のやりたいこと(かつ、本当の社会の幸せにつながること)を目指すことができた」からこそ、ここで書いた苦しさを味わう状態に直面できる。ひとつステージが上がった状態だ。

この状態にあるとき、必ず「つらさを打ち消してあまりある幸せ」を手に入れられる機会を得ている。



■「社会の期待」を超えた先にある幸せ
自分のやりたいことに取り組んだとき、それが世間の価値観からすると「コースから外れていく」ように感じられる行動に至ることがある。しかし、そうした逆風とも思える状況を乗り越えた先には、補って余りある幸せ感をつかむことができる。


・やりがいの実感
自分にとってもっとも直接的に感じられるのが、「やりがい」による充実感なのだと思う。特に、フルコミットできないときには抱いたであろうストレスやジレンマを、一気に拭い去ることができる。

筆者のジョンも、マイクロソフトでの重要な役割には感謝しつつも、一方で自分の思いと組織の価値観との違いに悩まされていた。しかし、本に描かれている「退職してからの様子」は、すべての力を自分の思いにまっすぐに注ぐことが出来る喜びがひしひしと伝わってきた。


・応援を受ける喜び、賛同への感謝
社会の期待に背くというと、謀反者的な印象を抱くかもしれない。しかし、現実の世の中には、そうした「本当に価値のあることを真剣に追い求める人」を認めることができる人もたくさんいる。個人レベルでの物資や資金の援助をする。あるいは、パーティーなどの集まりで講演に真剣に耳を傾け、共感をあらわし、ねぎらいの言葉をかける。

さらには、ジョンと同様に、今手元にあるものをリセットして、スタッフとして加わる。しかも、その多くは無償からはじまるし、それまでの仕事よりも時間的にも肉体的にもタフな内容となるにも関わらず。

自分と思いも行動もともにしてくれる人々がいることの喜び・安心感・幸せ。そして、感謝。支えあうつながりは、前と上に向かって力を生み出していく。


・支援した人々からの感謝
こうした活動の最大の喜びは、現地の人々との触れ合いから得られる。自分たちの活動がどれほど役に立つものなのか、その存在意義を身にあまるほどに実感できる瞬間となる。

たとえば、アジア諸国の学校。たくさんの学校で「鍵つきの棚」の中に本が格納されている。しかも、開放されることなく(役立つ機会すらなく)大切にしまわれているだけ。数も少なく、内容も子供向けではないものだったりする(旅人が置いていったものとか)。ここに、世界から送られてきた「子供が待ち望む」ようなタイトルの本が「どっさり!」と送られてくる。

そんな場に立ち会って子供たちの反応(まわりの大人たちの反応も含め)を見てしまったら、きっと、その快感にとらわれずにはいられない。


こうやって書いてしまうと、なんとなく普通のことというか、よく聞く話のように思える。実際、僕自身、いろいろな媒体を通じて、よく見聞きした話でもあるように思う。しかし、この本から感じ取る印象は、そうしたものとは一線を画しているなぁ、と思わせるもの。

何が違うのかというと、「オブラートの薄さ」。こうしたエピソードが伝えられるとき、多かれ少なかれ、どうしても美談的にまとめられてしまうことが多い。あるいは、過剰に面白くしてみたり。しかし、この本では、そうしたぶらし方がとても少ないように感じた。筆者であるジョンの迷いは一般の暮らしをする人にとっても共感できるものが多いし、常人を超えた行動については「マイクロソフトなどでの経験」などの背景とした納得感がある。そうしたところから、真実への近さを感じたのだと思う。



■幸せな生き方を掴むために大切なこと

昨日までに書いたようなことは、本書を読めば多かれ少なかれ感じ取れることだと思う。場合によっては、本書以外の知識や経験からもわかっていることもあると思う。しかし、この本では、ジョンが考える「(社会の期待を超えた)幸せを得るためのコツ」のようなものも記されている。


・大きく考える
狭い範囲・短期間でものを考えないということ。大胆すぎるくらいの目標につながるくらい大きく捉える。たとえば、伝染病に苦しむ子供たちのための活動をするのなら「10年以内にアフリカの1万の村が安全な水を飲めるようにする」というように。そうすれば目標はおのずと実現する、という。

逃げ出す人が居てもいい。小さく考える人や大きな挑戦を恐れる人は必要ないから。興味を持ってくれる人と、ともに動いていけばいい。
 

・すぐに行動する
行動するには勇気がいる。難しいことに取り組もうとするのであれば、なおさら。自分自身が感じる怖さだけでなく、まわりから「できない理由」がたくさんまとわりついてくることさえある。一人で考えていると、そうした否定的な力に引き寄せられてしまう。

具体的な解決策をひとつも持っていなかったとしても、目の前にある案件がやるべきものであれば、実行を即決する。それくらいの勢いと覚悟を持って取り組む。


・「どうすればできるか?」を考える
これについては、特に印象に残ったエピソードを書くだけにしておく。
とある小学校でのこと。途上国への寄付をするために、子供たちが生み出したアイディア。それは「沈黙売ります」。10ポンド(イギリスなので)につき、1時間、自宅で黙って夜を過ごすというもの。親たちに大人気となり、寄付金集めを見事に達成した、というもの。

大人でさえなかなか手をださないことの多い寄付という行動に、子供が取り組もうという気持ちを持ったことがまず素晴らしい。そして何より、「自分たちだけではまかなえない」という現実を踏まえ、お金をもっている大人(親)たちを巻き込み、かつ皆が幸せになるであろう方法にたどり着いたこと。そして、それを実行したこと。いずれをとっても、魅力にあふれた活動だと感じたし、心底から感心した。

できない理由や先延ばしの気持ちを持つ前に、この子供たちの柔軟な発想と行動力を思い出せるようにしたい。もちろん、見習い、実践できるように。


ちなみに。ここに書いた3つのコツを支えるのは、ポジティブさ。うまくいくことを念頭に置いて考えを進めることが、何よりも大事なのだと感じた。



他にも、ジョンが語る話には深い示唆が込められている。面白かったのは「マイクロソフトという超優企業での経験と社会企業家としての経験を踏まえ、理想の組織とはどういうものか(あるいはその反面教師はどういうものか)」ということについて考えが書かれている部分。

マイクロソフトでのスピードや行動主義の考え方を大事にしつつ、硬直化したり保守的な部分には苦言を呈している。自らが立ち上げた組織については、良いところは踏襲して、良くないところを変える。実際に達成するにはいろいろと苦労があることも綴られつつ、それでも目指して工夫を凝らしている様子はとても興味深かった。



この日記で書いてきた内容は、あくまでも本に書かれていたこと。僕自身の体験や実感というわけではない。

あらためて「自分自身の天職ってなんだろう?」と考えてみたりする。でも、思い当たるものはまだない。そんなに簡単に見つかるものなら、今になるまで悩んでいるはずもない。

「天職なんてない」とか「今の仕事を天職と思って取り組む」といった話もきくけど、そうはいっても「天職だ!」と心底思えるものと出会える幸運の機会を得てみたいとは思う。

最近はいろいろと思うところもあり、今年は何かが見えそうな気もする。ジョンがネパールで「出会いの瞬間」を得たのは34歳。僕が今年の誕生日で迎える年齢。
ただの偶然ではないことを期待したいと思います(^_^




■とても強く印象に残った言葉たち

この本、なにせ内容が濃いので、まとめるのもひと苦労。というか、とてもとてもまとめられるもんじゃない。ということで、書ききれなかったことも含め、ここでは特に強く印象に残った言葉の数々を書き残しておきたいと思います。

「決心が変わらず、自分の本能を信じることができますように」

「(今の居場所で)大きな変化を起こせないのなら、ここを去ればいい」

「(うだうだ考えるのは)どれも引き伸ばすための作戦に過ぎない。自分が何をやりたいのか僕にはわかっている。そのときが来たのだ」

「真の起業家は、どのようにすればいいのかまったくわかていなくても、新しい製品やサービスを世界に向けて堂々と発表する。とにかく前に進むのだ」

「いったん大胆な目的を宣言すれば、そのもとに大勢の人が集まる」

「完璧な計画がなかったからこそ協力してくれた。自分の役割を自分でつくりだす。100%整っていたら創造性は必要でなくなり、意欲も薄れていただろう」

「僕は資金のあても無いままイエスと答えていた。(偶然連絡のあった1万6千ドルの寄付をみて)あと19日連続で同じことが起こればいいだけだ」

「一連のプロジェクトは、混乱の中から秩序をつくりだす人間特有の能力の象徴にもなるだろう。人類の進歩の大半は、挫折を乗り越え、障害と悲劇をものともせずに前進できるかどうかにかかっている
僕にとってのヒーローは、戦場と化した国や飢饉に苦しむ国、地震など自然災害に襲われた地域で身を投げ出して働く医師やジャーナリストだ。彼らは、過去をコントロールしたり変えたりすることは出来ないとわかっているが、未来に影響を与えることは出来ると心から信じている。悲劇に身がすくむのではなく、悲劇をばねに行動を起こす人々だ」

「考えることに時間をかけすぎず、飛び込んでみること」

「ゆっくり着実に進むことが本当に重要なときもある。でも、より良い世界を作るためにやるべきことがあるときは、障害を気にしてばかりいてもいけない。許可を求める必要も無い。とにかく飛び込むのだ。否定的な意見にやる気を奪われる前に」

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった

マイクロソフトでは出会えなかった天職 僕はこうして社会起業家になった