中田英寿が見たワールドカップ

NHKで放送された「中田英寿が見たワールドカップ」という番組を録画しておいた。今日、それを鑑賞してみた。

中田がワールドカップにおけるサッカーをどういう視点で切り取り、どういう解釈をし、どういう示唆を得ていたのか。1時間近い番組の多くを、そうしたインタビューを中心とした構成になっていると期待していた。

ところが、そうした内容は3割弱くらいで、どちらかというと「ワールドカップ期間中、中田が南アフリカで何をしていたか」というドキュメンタリー的な構成。ワールドカップ以外の活動(南アフリカの現地での実態。AIDS患者の子供たちが集う学校へ訪問している姿とか、地元の小学校にいって一緒にサッカーをしたり、植林(正確には家庭菜園の促進)をしていた)も映されていた。
そうした姿は素直に尊敬する。とはいえ、中田が見せたかった(個人的な欲求というよりは、そうした活動の認知を高めて行動を喚起したかったのだと思う)ものであって、鑑賞側が期待していたものとはギャップがあったようにも思う。このあたり、番組の構成を工夫する必要があったと思う。少なくとも、タイトルとは合ってない。


特に印象に残ったのは、ふたつ。


ひとつは、2006年のワールドカップで現役を決意した理由。

引退を決めた背景。

「サッカーをやっていて、楽しくない」
「好きではあっても、楽しくなかった」
「愉しくないものを、お金を稼ぐためだけに、仕事としてやる。それは僕の中で、ある意味、サッカーに対する冒とくであり、それはしたくないから辞めよう、と」
「どういう状況が楽しめるかというと、『自分が、自分らしいプレーをできて、結果を出せる』ときがいちばん楽しい」
「いくら結果が出ようと、自分が納得しないプレーで結果が出ても面白くないし、逆に自分が納得したプレーをしても結果が出なければ面白くない」
「途中で『自分のプレー』というものを最後まで押し切らなかった時期があった。自分の意志、自分のやり方と言うのを貫くことができなかったのは、自分がいちばん残念に思う点」
「他の選手には、自分のプレーを推し進めてほしいなぁと思う」


サッカーだけしかできない人になりたくない。中田は、そうした考え方を現役の頃からずっと発していた。30歳という年齢を区切りにしたのも、それを意図してのものだったと思っていた。本人も、そうしたことを話していた(と思う)。

楽しくできなくなったからには、辞める。こういう選択をする人よりも、「石の上にも3年」を3年以上続けることに重きを置いた考えをすることの方が多いと思う。そして、そういう話を聞いたときには、日本の多くの実情を想像すると「投げだすんじゃない」「甘えるんじゃない」というお説教したがる人の方が多いんじゃないかと思う。

インタビューでの言葉は少しきれいごとのように感じないこともないけれど、それはそれとして本音だとも思った。



もうひとつは、中田のサッカー観。

「個人のチカラをチームのために削るというのは間違っている」
「自分のいいところを出さないでチームのために我慢するということではなく、
より自分のいいプレーを出すためにチームプレーをするという考え方じゃないと良くなっていかない。」


中田というと、エゴイストであったり、ワンマンであったりというイメージがどこかしらつきまとう。実際、そういう側面があるとも思う。自分のプレーを貫きたかったという後悔の言葉にも含まれていると思う。

ただ、中田の場合、それは「エゴ」ではなく、「役割」という捉え方なのだと思う。「責任」といってもいいかもしれない。チームの一員であるからには、自分の最高の資質を引き出さなければならない、という。かつ、それは、チームとしての成果が最大化するためのものであるように。

とはいえ、多くの人にとっては、そうした解釈ができるレベルを超えた話として感じられるのが現実。2006年の中田は。このあたりの頃合いを見計らう中で、「後悔するほどに、自分の思いを削って歩み寄った」、けれども「歩み寄った先にはまだ隔たりがあった」という結果になったのかもしれない。


仕事であれプライベートであれ、自分が所属している「チーム」がある。そこに「中田的な人がいる状態(2006年の代表)」と「いない状態(2010年の代表)」のどちらを望むだろうか。あるいは、自分自身が中田的なポジションを担いたいと思うか、フォロワーとなりたいと思うか、別な場にいることを望むか。
チームを作ったり、所属したりすることになったとき、常に最初に感じ考えるといいかもしれない。




中田の言葉を聞いてあらためて思ったのは、多くの一流と呼ばれる人たちと同じような意識を持っているということ。

 ・関わっている人すべてが楽しめること(エンターテイメント)
 ・そのために本気で全力を尽くすこと(プロフェッショナル)
 ・チカラを合わせることで最高の成果を生み出すこと(プロデューサー)

だからこそ、日本が目指すべきサッカーとして描いているイメージを、こう表現するのだと思う。


「やって楽しく、観て楽しい。それでいて勝てるサッカー。」


こう語るときのうれしそうな表情は、中田にしては珍しく、そして観ていても心地よいものだった。プレイヤーの時もこんな表情があったら、また印象が違っていたかもしれない。