ベンジャミン・バトン 数奇な人生

すごく不思議な後味の映画だった。

この作品、予告編をみていたときは「エレファントマン」みたいな感じの作品かと思っていた。人とちがう容姿をもつことで、奇異の目にさらされつつも、自らの生きる場を探していく。哀しさの積もったストーリーなんじゃないかと。

ところが、観てみたら、印象はまったく違ったのだった。あたたかく、ジーンとしつつも、どこか物悲しく、それでいて切ない。人が生きるというのはどういうことなのか。「時」という軸を通じて、その意味合いを考える機会となる内容だったように思う。


この作品もまたいろいろなものがちりばめられている。しかも、どれもとても身近なものでありつつも、だからこそ本当の意味で考えて理解することが難しいようなもの。現実としてよくみる様子も、映画で観られる様子も、どちらも正しいようであり正しくないようでもある。自分自身はどうあることを望んでいるのか、どういう世の中だったらより幸せに感じられるのだろうか。いずれも答えの見つからないことなのだけど、考えずにはいられなくなった。

で、僕が思ったことを書き留めてみる。

この映画は「生まれたときに老人の姿で、年を追うごとに若返る」男性が主人公。まわりが老いていくなか、自らは若返っていくことで、まわりの人々と段々と年齢が交差し(年相応近くなり)、さらに逆の差となって広がっていく。ややもすると羨ましく感じてしまいそうな環境だが、少しリアルに考えるだけでそうでないことは想像に難くない。


■時間と成長の関係
この作品をみていていちばん強く思ったのが、生命が今の「成長⇒老い」という仕組みをとったのはなぜかということ。ベンジャミン・バトンのように、年齢を重ねるたびに細胞が若返っていった方が良い面もあるのではないかと思った。

人生が80年だとすると、50年ほど生きたところで30歳の肉体を持つことが出来る。十分に成熟した内面をもって30歳のカラダで動き回ることが出来たら、相当に生産的な暮らしができたりしないだろうか。

実際のところを考えてみると「幼い時期の生存確率を高める」とか「生産量(行動力×活動期間)を最長にする(活動に立ち上がる時期を早くする)」とか「進化を促進させる」といった生物的な事情があったのだろうとは思う。

あとは、もっと感覚的なところで「外面×内面」ができるだけ一定値になるようにできているのかなぁとも思った。内面は経験から磨いていく必要があって、それを補うのが外面。若者も老人も等しい価値を持っているという考えという感じですかね。



■できない自分のあり方
年齢を重ねると、老いによって段々とまわりの世話にならざるを得なくなる。一方で、ベンジャミンのように若返っていったとしても、最終的には赤ちゃんとなってまわりの世話が欠かせない。どちらからの人生であれ、少なからず自分では対処できない状況に置かれることが必ずある。

そこまで極端ではなくても、日常のいたるところで、自分の手には負えないようなことに取り組む機会はよくある。そんなとき、どうしたらいいか。

ひとつは、同じ境遇の人と過ごすということ。これは、安心感につながる。ネガティブにとらえると「傷をなめあう」みたいな感覚にもなりそうだけど、そうではない。大事なのは「できる人が正しいわけじゃない」ということを理解できること。できないなりに過ごす意味がある。「他にできることがある」とか「できるようになるかもしれない」という道に気づくことも大切。

もうひとつは、できない人として過ごすこと。できないことそのものを受け容れた上で、できる人々と共存すること。「できないから認めてもらえない」ではなく「認めてもらえるできることを見つけて実行する」こと。それを支えるのは「素直さ」。これさえあれば、きっと乗り切れるのではないかと思う。

みっつめは、愛情を持って去ること。できない自分が本当に役に立つことができないこともある(かもしれない)。他にできることがあったとしても、できないことが致命的なときもある。愛情があればこそ、相手を思えばこそ、離れずにはいられないこともある。大切なのは、離れても、見守ること。直接ではなくても、愛情を注ぎ続けること。


いっぽうで「受け容れてもらうことを受け容れる」という覚悟にいたることもありだと思う。「甘える」ということ。世話をする方も受ける方も、お互いに感謝を持ち続けられるのであれば、この関係を選択する価値は十分に高いと思う。




この物語では、ここまでに書いたようなことを通じつつ、「人と違うことの意味」についても触れているように思う。違うことは、苦労ないし苦難を伴う。いっぽうで、違うことで得られるものもある。そんななかで良い人生を送るには、「自分にとって大切な何か」を見つけることだと思う。それがあれば、「まわりとの違い」との向き合い方を、自分で定めることができるんじゃないかと。

主人公のベンジャミンは、いくつもの「振り回される」機会に遭遇した。でも、いずれも(良し悪しありつつ)選択をしていった。その中には、実感をもって想像できないようなこともあったけれども、大いに共感できることもたくさんあった。僕を含め、館内のあちこちから鼻をすする音が聞こえてきたのが、その証拠だったように思う。


タイトルやストーリーが突飛な印象を受けやすい作品ですが、内容はとてもしっかりしていると思います。面白いシーンもあれば、苦しいシーンもあります。しかし、いちばん印象に残ったのは、心にジーンと響くシーンでした。自分にとって大切な人との向き合い方を、あらためて良いほうに向きなおさせてくれる作品だと思います。