いつまでもデブと思うなよ  レコーディングダイエット

ずいぶん前に話題になって、かなり流行った気がする。今でもネットやら何やらで見聞きする言葉でもある。なんとなく気にはなっていたのだけど、なんか流行りすぎていたというか、恣意的な感じがあったというか、ちょっと本に手を伸ばすのをためらっていた。著者の岡田斗司夫のキャラクターの影響が強かったのかも。

が。最近はそういった雰囲気も落ち着いていたのと、少し前にテレビで放映されていた岡田斗司夫の姿をみて、あらためて興味がわいたのだった。見た目が変わっていたのだけならいざ知らず、醸し出す雰囲気が全般的に変わっていた気がしたのだ。

岡田斗司夫って、僕の印象だと伊集院光とかぶっているところが多かった(というか、伊集院光と記憶が混在している)。オタクな話題に入っては、べらぼうな知識を背景に、ポジティブなオタク感満載のエネルギーで突き進んでいく、みたいな。

ところが、映像で見た岡田斗司夫は、アカデミックな気配が漂っていた。ま、本業がアカデミックの人(のはず)だから、当たり前っちゃあ当たり前なのだが。でも、以前はそれが薄かったのが、強烈に前に出ていた。やせたことでクレバー感が増したことは事実だが、たたずまいの変化の方が印象に残った。ガツガツ・ガサガサしていない。


なんていうことを思いながら手に取った本。僕自身、かつて何度か体重を落とした(10kg単位で)こともあった。この手の本を読むと、「ある・ない」はある程度はっきりわかる。自分に合うかどうかと、一般性の高さについては、かなりきっちりと分けられる自信もあったりなかったり。

で、この本はどうだったかというと、「あり」だった。というか、けっこうすごくよくまとめていると思った。岡田斗司夫という巨体に対するダイエットとして、特殊なケースに流れていくかと思いきや、まったくそんなことはなかった。レコーディングダイエットの概要は知っていたから「一般的なもの」に部類するとは思っていたけど、本を読んであらためて感心した。


では、内容に関して思ったところを。


前半はダイエット概論というか、ダイエットにまつわる背景が書かれている。ここは、ダイエットにはじめて取り組む人か、とっかえひっかえ試してなかなかうまくいかない人向けの内容だと思う。僕はあまり印象に残らなかったけど、「これからダイエットに取り組むのだ!」というスタートラインに立つまでの補助という感じ。


面白かったのは、とにかく記録するという考え方。これ、すごくよくわかる。食べたものリストや体重の測定は、よくある。ただし、この段階では何も我慢せず、今までどおりに過ごすということ。ただひたすらにメモを取り続けるという。ただし、実はかなり難しい。ダイエットしたいから始めるのに、今までどおりすごせというのだから。

ひとつは、せっかくのやる気を削がれる感じになること。スタートダッシュというわけでもないが、一気呵成に走りたくなるのは人のサガ。でも、「まだ動くな」といわれてしまっている。
もうひとつは、体重や体脂肪率を減らしたいのに、今までどおりだったら減らない(あるいは増える)という抵抗感。せっかく頑張ろうとしているのに、そうした数字が続くことはそこそこのハードルになる。しかも、それを記録するというのだから、さらに気が滅入りそうな気がする。


しかし。岡田斗司夫いわく「自分の悪しき習慣を、事実を踏まえてきちんと分析・理解することが大事」と。これ、まったくそのとおりだと思う。もうちょっというと、分析ということまでしなくても、「ただ単に記録するだけでわかるレベル」だけでも十分。

このあたり、本にも書かれているし、あらゆるレビューでも書かれている。僕もそう思う。いろいろと説明できなくも無いけど、たぶん伝えきれない。実際にやってみるのが、何よりもわかりやすい。運動でのコツとかの似た感覚のようにも思う。「ボールの芯を打ち抜いた感覚」とかそういうもの。


記録の意義については、もっと深い意味合いも思う。というのも、自分の経験上、リバウンドが抑えられなくなるのは「記録をやめたとき」とかなり重なるから。

体重が増え始めた頃は、まだ体重やら何やら書き留める。書いているうちは「太ったな。2週間くらい食事を抑えないとな」とか判断がつく。でも、これがうまく制御できないときもある(忙しかったり、ストレスが高すぎたり)。そうなると、体重を記録すること自体が嫌になる。

こうなると、歯止めを利かせる要素がなくなってしまい、再度のダイエットが必要なくらい体重が戻る。おそらく、世間でいうリバウンドはこの状態を指している。ちょっと体重が戻るくらいのこともリバウンドといってしまうことがあるのだけど、まったく別物であることを理解する必要がる。記録をとっていると、戻せる段階と戻せない段階を判別する基準が見える。これが、ダイエットの継続に重要。

書籍では、このあたりの展開まで含めて、ダイエットの全般の工程と「記録」とのつながりを書いている。「75日目での停滞」なんかも、実感として理解しているものだったので、内容については大いに共感した。


この本、もうひとつ「良いなぁ」と思ったことがあった。それは「意志ではなく知恵で乗り越える」というスタンス。

ダイエットというと、どうしても「我慢」とか「耐える」とか、苦しさが伴うものとなる。だから「○○ダイエット」という楽チン的な発明があとをたたないのだと思う。でも、レコーディングダイエットでは「何も我慢しない」ところから始まって、自然に「ダイエットにつながる行動をしたくなる」ような流れが示されてしまう。それも、けっこう多くの人が使える仕組みとして。



一方で、気になったことはふたつあった。

ひとつは「記録をとれるのかどうか」ということ。実際のところ、正直面倒な気がする人は多いと思う。僕もそう思ったうちの一人でもある。体重や体脂肪率くらいは書けるけど、「食事の内容までは・・・」とは思った。

でも、実際はなんとかなるとも思う。というか「どうやったら毎日書けるか」を考えれば済むだけだ。本来ならダイエットの方法や苦しさの乗り越え方を考えるはずなのが、向かう先が変わるだけ。たぶん、なんとかなる。毎日日記を続けた人間だからそう言えるというのもあるかもしれないけど、実際はそうじゃない。誰でもできる。極論してしまうと、やるかやらないかだけだ。


もうひとつは「食べ過ぎないために残す」ということ。これは、いまだにちょっと引っかかっている。

食事を食べ過ぎないために、でてきたものは「食べたいものをすべて食べる。ただし、量は必要な分だけにするために、残す」という考え方。本の中では「ムダに多く食べるほうが、残すよりも非効率的」といった考えが示されていた。わからなくはないけど、これが正解と落とすには早い気がする。

僕自身、答えはまだ持てていないのだけど、ものを残すのは(やむなしのときを除いて)あまり好きではない。どうせなら「食べた分を消化する」ようにしたいと思う。いや、「長い期間でみたときの総消費量がおさまるように調整する」という感じかな。

ここは、なんともいえません。



と、いろいろ書きましたが。基本的にはオススメの本・方法です。同じ事を試したわけではないのだけど、似たような経験があるのと、内容として意味合いと効果は妥当だと思えるものです。多くの人にとってのハードルは「記録し続ける」ことになると思います。でも、それを理由に手を伸ばさないのは、あまりにももったいない。そういえる本だと思います(^_^



ちなみに。スタートを頑張るタイプのダイエットに取り組む場合。
僕が自分の経験から「健康状態が十分であれば、2ヶ月で体重の10%くらいなら極端に無理せずに落とせる」と思います。ただし「肥満状態からのスタートである」ことと、「健康的な影響からみての良し悪しには注意する」ことが前提。