ぐるりのこと

あたたかい映画だった。厳しい現実を目の前にしつつも、もがいていくなかで少しずつ前に進んでいく。そういう気持ちを味わうことができる作品だった。


■変遷していく愛しさ
 主人公である夫婦(木村多江リリーフランキー)の仲むつまじい夫婦の様子がとてもよかった。
 最初はお互いに「なんとなくそばにいる」という感覚をもちながら、お互いに求め合う関係。ところが、いくつかの事件を超えるなかで、崩れていく。
 でも、時がたつにつれ、またいくつかのできごとを踏まえて、お互いの気持ちに変化があらわれていく。それまでとはまた違う「相手を思いやる」という気持ち。ちょっとしたわだかまりとなっていたものが、少しずつ解消していく。
 そして、「お互いを尊ぶ」ようになっていく。自分が支えることにとどまらず、相手が幸せになること、そのものを受け入れ、望むことが出来るようになっていく。

 度重なる小さな壁、突然やってくる大きな壁、いずれにめぐり合ったときでも、別れる選択をしないで乗り越えていく相手がいることは、とても幸せなことなのだと思った。自分がそういう相手となれる人になること、そういう人に相手になってもらえること、そのことにお互いに気づきあえること。率直に、そういう人生に憧れる思いが高まった。

 
■業をつくると縛られる
 自ら意図したかどうかは関係なく、人生のブレーキにつながる出来事を招いてしまうことがある。特に、自ら選択したものであると、その業は長く深く自らの中にとどまり、大きくネガティブな影響を与え続ける。
 自分にとってそうなりうる出来事が起きることは、避けられないと思う。でも、実際に起きたときにどういう行動をとるか。少しでも後悔することが小さくなるように、選択して行動していくことが大事なのだと思う。
 それは、必ずしも自ら解決すると言うことではない。相手に相談する、助けてもらうということもあると思う。結果的に、それが後々に「業」と感じることとして残らないように、やりつくすことが大事なのだと思う。
 
 とはいえ、たいていの場合、そういう選択は難しいことが多いと思う。漠然とした感覚なのだけど、なんというか、心理的な抵抗が大きな場面になりやすい気がする。
 これを乗り越えるのは、自分やまわりの人々への信頼なんじゃないかと思う。



■希望が見つかれば歩き出せる
 何かの拍子に、人生を立ち止まってしまうことはある。大きなショックを受ける出来事が原因かもしれないし、なんだかよくわからないこともあると思う。
 でも、そうしたときに「自分がやりたい」と思える何かを見つけることが出来ると、ふたたび歩みが進みだす。自分から見つけられることもあるだろうけれど、多くの場合はどこかから、誰かから偶然に示されることが多いように思う。とはいえ、ただ単に偶然で得られるわけでもなく、そこにはセレンディピティ的な関係は必要だと思う(自らが欲していること)。

 目の前に示されるそれは、すごく大きな挑戦と感じるようなことかもしれないし、いまの自分でも出来る小さな積み重ねになるものかもしれない。いずれであっても、自分が「やりたい」と感じることであれば、それは歩き出すことなのだと思う。
 そして、それらは、それ以降の人生に連鎖していくきっかけ・はじまりとなるものだと思う。


このほかにも、それぞれの登場人物がおりなす他愛のないように思える会話の面白さから、法廷画家という重さ、いろいろな感覚が織り交ぜられている。とても、後味の深い、かつなんか心地よい作品だと思いました。


それにしても、夫婦役の二人は素晴らしかった。
リリーフランキーは、地を髣髴とさせる下ネタ全開だったり、イラストを描いていたり、キャラクターを生き生きとさせる演技だったと思う。演技というより、登場人物としての自然さと本人のキャラクターが一体となって味わいが際立っていた。
木村多江はいつものお堅い雰囲気とはまたちがって、コメディ的な雰囲気と、厳しい出来事に直面した悲壮な様子を、いずれも素晴らしく演じていたと思う。特に印象に残ったのは「声」で、木村多江ってこういう声を持っていたんだな、と新たな魅力を感じたのだった。


そのときどきの自分の状況によって、いろいろと受け止め方が変わる作品だと思います。受け止め方はちがっても、いずれも自分にとって大事な何かを見つけることにつながる機会となるんじゃないかと(^_^