マンデラの名もなき看守

いろいろなことを感じる映画だった。

ネルソン・マンデラが収監されていた頃、当番になっていた看守を主人公にした作品。歴史的な事実として興味深いし、名も無き存在とのエピソードとして、キャッチーな感じもあった。

ところが、実際はもっと深いものだった。史実をもとに話が進む中で、一人の看守を中心にまわりの人々との内面的・外面的葛藤が続きながらも、人生をまっとうしていく姿が描かれていたのだった。

僕自身はネルソン・マンデラに関する知識はあまりない。もちろん、名前くらいは知っているし、アパルトヘイトとの関わりとか、初の大統領とか、そういう表面的なことは記憶にはあった。
ただ、その背景であるとか、人間性、どういう時間をすごしてきたかといったことはまったく知らなかった。教わったことがあったのかもしれないけど、憶えていなかった。

そんな自分が、この映画をみて、何を思ったか。看守に対するものと、マンデラに対するものと、両方があった。


ひとつは、人生の意義を何におくか、ということ。
主人公の看守は、映画のはじまりの方では、出世といった野心的なものを意識して過ごしていた。しかし、そのために倫理や道義といったものを失っていく事に気づき、いったん離れることを決める。
そして、しばらくの時間が経過してから同じような立場と向かい合うことになったとき、あらためて自分の野心を知る。それは、出世といった短絡的なものではなく、歴史に残る出来事に関わること。自分自身が当事者となり、傍観者にならないことだった。

マンデラは、冒頭時点から収監後の姿で登場する。20年以上もの長きにわたって拘束され続けて、あらゆる苦難を受けつつも、それを受け入れ乗り越えていく。この人間的な厚みと深さが、看守の心を揺り動かし、先に書いたような行動をとらせたのだと思う。
僕は、マンデラがここまでの長い期間と苦難をかかえていたとは知らなかった。にもかかわらず、ああした振る舞い(テレビで観る姿と、報道で知る行動しかわからないけど)をしていたなんて、本当に驚いた。人間が成熟しているというのは、こういうことなのか、と。
もっというと、もうしばらくすると、マンデラが収監された年代になる。まだ時間はあるけど、残りの時間で僕がその境地に達することができるかというと、今はまったく想像がつかない。
そういうことも含めて、マンデラに対する理解がガラっと変わった。



もうひとつは、何のために生きるか、ということ。
映画の中で起きたこと(実際の出来事でもあるはず)は、その後の人生を大きく変えてしまいかねないようなことが起きる。人生を続けるのをためらわれるようなことにも出くわす。
それは、大切な身内の死であったり、無差別に狙われた人々の犠牲であったり。しかも、そうした出来事に「自分が間接的に関わってしまっている」あるいは「その関わりの因果応報を受けている」のではないかと思い知らされるような場面に襲われる。

しかし、この人物たちは、そうした中でも人生を捨てなかった。自分自身の(そして、たくさんの人々にも通じる)信念を貫くためであったり、大切な人々から支えであったり。
それらは、いずれも「自分自身が必要とされていること」を心に染み入るように理解できることから、生まれてきているのだと思った。

僕にとっていちばん印象に残ったのは、悲しみに打ちひしがれた看守に対してマンデラが語りかけた言葉。傷ついた看守の気持は痛いほどわかる、と。それは、いまの看守と同じ立場になった経験があるから。
それは看守にとっては辛い言葉でもあった。実は、その看守が行動した結果が招いたことだったから。しかし、それでもマンデラは、それを受け入れ、受け止め、なお看守に対して「過去にとらわれてはいけない、未来に向かうのだ」と諭すのだった。

こんあ場面でこういう言葉をかけられたら、きっと大きな力になるだろう。そして、自分がそういう言葉を語りかけられるような器の大きさを持つことができたら、素晴らしいだろうと思った。
マンデラになることはできないけど、僕なりの器を少しずつ大きくしていきたいと。


学生時代に社会で学んだことがあったはずだけど、あまり知識に残っていないこのあたりの話。自分自身の勉強が足りなかったことがいちばんの要因とも思いつつ、いまの教育体制では同じような人のほうが多いだろうとも思った。
こうした映画をつかってでも、ひとつひとつの歴史を掘り下げ、その意味合いの大きさを理解させることがいかに大事か。僕がこの年齢になったからこそ感じられることもあるのかもしれないけど、子供たちにも少なからず伝わるものだと思う。

老若男女、マンデラアパルトヘイトの記憶がうっすらとしている人ほど、この映画をみてみる価値があると思います。



ちなみに、この映画にでてくる脇役のおじさんもけっこう印象に残った。この人が主人公の看守に対していろいろと指示をだしてくるので、善側というわけでもないのですが。
ただ、ふるまいがものすごく鋭い。交渉ごとがあるときは、こういう感じで進められる(映画にはでてこないけど、事前の準備の適切さは想像できる)ようになりたいと思ったり。