幸せになるための27のドレス

すごいよかった。この映画、好きです。
「幸せって、こうやって掴むことができるんだ」と思える作品。こういう映画をみると、エネルギーが沸いてくる。


映画を観終わったときには、すごくパワフルな印象が残った。日記にもいろいろ書こうと。
でも、こうして実際に書こうとすると、ちょっと難しい。なんというか、書き表そうとすると陳腐なのだ。自分の言葉のつたなさで、間違った伝え方をしたくないし、自分自身の感じたこととは合わないことを残すのもなんか嫌だった。


とはいえ、そこから逃げてもしょうがないのもあるので、ひとまず書いてみます。





・山と谷
 大事なのはポジティブな側面ばかりではなく、個性のなかに含まれる欠点もきちんと描いていること。それに伴う行動や結果についても、ネガティブなものを適性に描いている。
 なので、キャラクターに対して親近感がすごく強まる。しかも、それに向き合う姿(てこずる姿や乗り越えようとする姿も含め)を見ているうちに、人柄そのものにも惹かれていく。



・守ること、捨てること
 人生それなりの期間を生きていると、自分自身に軸となるものができてくる。それは価値観であったり、個性であったり、様々な呼ばれ方に関わる要素につながっているもの。個人を形作る礎となる大切なものとしていることが多いと思う。
 そうしたものは、他人がどうこういってきても、そう簡単に変わるものではない。そういう意見を遠ざけてしまうかもしれないし、聞いているけどそれだけにしてしまうこともある。
 でも、あらためて振り返ったときに、それが本当に守り続けるべきものなのかどうか。そうした自問自答を自分に対して行えるか。問いかけてなお、守り続けるといえるものかどうか。



・建前と本音
 社会でうまくいきていくには、どうしても建前が必要となってくるときがある。雰囲気を壊さないよう「その場をやり過ごすための建前」もあれば、自分を守るための「いいたくないことを濁すための建前」もあると思う。照れたり恥ずかしさがあって言えないために使われることもある。でも、それによって誤解を招いてしまう、場合によっては不幸な結果を招いてしまうこともある。
 もし、そんなことになったら、どうしたらいいか。それは、あらためて本音に立ち返ること。自分自身の本音は何かに気づくこと。それを表に現すこと。そして、相手に理解してもらうこと。
 もしかしたら、本音を探るとちゅうで傷つけ合ってしまうことがあるかもしれない。でも、そんなときは「本音の本音の本音の・・・・」と彫り続けていくこと・そうしてたどりつくものは、きっとポジティブなものであるはず。共感し、尊敬しあえるような。
 


・気づくこと、手に入れること
 何かに打ちひしがれたとき、自分が何をするか。まわりに悟られないよう、無理に何事も無いように振舞うかもしれない。逃避してしまうかもしれない。反抗・反撃してしまうかもしれない。
 でも、こうした反応をしたとき、たいていのケースは後悔につながる。
 だから、変わる。変わるというのは、今の自分にとって大事なことに気づき、手に入れるべく行動すること。

※本当はもう少しいろいろと感じたのですけど、こんなところでとめておきます。


ストーリーもキャラクターも、善悪が絶妙に入り混じったバランスで組み合わさっている作品。大災害や大爆発のような大事件はひとつも起きることは無いけど、観ていて十分に心が動かされます。
それは、苦しく切ない瞬間もあれば、悲しく辛いときもある。でも、そんな瞬間も含めて、映画全体は、やわらかであたたかく、明るい雰囲気に包まれている。


映画を観終わったときに、映画の登場人物たちが手に入れる幸せをおすそ分けしてもらったような気持ちになれる映画です(^_^



ちなみに、この作品は、予告編と本編の関係がすごくいい。予告編は「27着のドレスをもっていて・・・」という、この映画のキャッチーな部分をうまいこと強調している。でも、映画をみると、予告編の感覚からぶれていない上に、それを超える鑑賞感を得ることができる。
多くの映画は「おいしいとこだけつまんでつないで予告編をつくって、本編とは関係なく期待感をあおりまくって観客を呼ぶ」ようなことをして、「映画をみたらその期待とはぜんぜんずれているし、しかも期待値を超える作品になってない」という不適切な状況が多い。
ぜひぜひ、他の映画も、この映画のような予告編作りをしてほしい。