Sweet Rain 死神の精度

最初、観にいくのはやめようと思っていた。予告編はちょっとひっかかりはあったものの、期待とずれ込む気配のほうを強く感じていたので。
でも、ネットの評判が意外とよかったのと、最近本屋大賞を受賞した伊坂幸太郎の作品だということを知ったのもあって、いってみることにした。



この作品、評価しずらい。映画の内容については、個人的には普通程度。ただ、テーマに対する伝わり方という点では、けっこう良かった気がする。


内容については、作品の世界観に入り込めなかったところが大きい。

・あっさりかつ唐突感のあるストーリー
 2時間の作品で3話形式のオムニバスになっている(実際は、主人公の死神は出続けているし、3話に関連もあるのでただのオムニバスでもない。でも、その関連はあまり前面にでてこないので気づきにくい)。これだけ時間が短くなると、エピソードが薄まるし、「これから共感できるかも」という段に入る頃には次の話に移ってしまったり。
 物語の展開も飛ぶところがあって、死神の能力を観客に示すシーンはかなり唐突にでてくるし、ちょっとご都合主義的なつながりと感じるシーンもちらほら。時間内にストーリーを進めるための措置、という感じがした。


・キャラクターが見えてこない
 業のようなものを負っている人物たちがでてくるのだけど、それがいまいち伝わってこない。エピソードとして説明はあるのだけど、それとキャラクターの描写がはまらない、というか。「家族や婚約者を失った」というエピソードをきいてみ、「自分に自信を持てない」にはつながらない。世話になった兄貴分を裏切るのも、それをひっくり返すのも、それにつながる背景まではわからなかった。


・ちょっと狙いすぎた演出
 音楽のことを「ミュージック」と言わせ続けたり、死神が言葉を知らなすぎたり。死神を「ちょっと抜けたところがある、いいやつタイプ」という印象にしたかったのかもしれないけど、マイナスの効果もでてしまったと思う。




一方で、テーマについては、大きく感じたこと。
それは、「死について考える」ということ。特に「自分がやりたいことは何か。目的は何か。意義は何か」ということ。自分がどういうことを使命として担っていて、どういう存在価値を持っているのか。何を成し遂げたら、この世を去ってもよいと思えるのか。
また、自分の身近な人が去っていくことを振り返るきっかけでもあった。自分の親・兄弟、友人、知人。こうした人たちが亡くなるとなったら、どういう風に接したらいいのか。さらには、そうなる前にどういう接し方をしておけば、後悔しないようになれるのか。


映画のなかででてくる、富司純子が歩く後姿が映されるシーンで、このあたりの思いが一気に「ぶわっ」と頭をよぎった。



僕はまだ死を意識せずに生活をしている。体の異変を感じたときには気になることはあるけど、日常から意識するようなことはなく生活している(丈夫な体をくれた親に感謝)。
ただ、これからさらに年齢を重ねていく中で、必ず直面する。親のことを考えれば、もう少し早い段階から意識することになるはず。ありがたいことに、今はまだそういった心配をせずに過ごさせてもらっている。もうしばらく(というか、できればこのままずっと)今と同じように健康でいてもらいたいけど、それとは別に「思い残すことのない」ようになっていたいとも思った。
そのためには何をすればいいのか。それはまだわからない。ただ、この映画をきっかけのひとつとして、少しずつ考えておきたいと思った。