東京少女

ちょっと書くタイミングが遅れてしまった感がありますが。


この映画で、何をしたいのか?
この疑問は早々に提示された。


映像の世界に飛び込もうとする人間に当てたメッセージが、すべてなんじゃないかと。特に、この東京少女のシナリオコンクールに飛び込もうとする人間に向けた。
オリジナルのない作品をつくってくるな、という。
このコンクールに応募する人間であれば、この映画をみるだろう。上映館数を考えると、その比率もそこそこ高いはず。だからこそ、そこをターゲットにしたかのように見えたのかもしれない。


この課題提示を早々に済ませてからは、少しばかり趣旨に変化が出てくる。もう少し万人に向けられるものがでてくる。
 ・努力は報われる
ということ。
そしてさらに、これに相対するもの(というよりは、それをブラッシュアップするための対比として)
 ・自分がなすべきものは何か
ということを問うことを示している。


このあたりのメッセージ性を中心に見れば、この作品自体は成功したと思う。



ただ、映画の面白さそのものでいえば、微妙だ。
 ・オリジナリティーを問うている割には、オーソドックス。
  時を越えた携帯電話、悲しい未来がわかっていても向かっていく姿、あまり目新しいものではない。もっというと、非常に乙一的だと思う。君にしか聞こえないと、すごく重複するように感じた。
 ・NGシーンの許容
  作品のイメージというか、鑑賞の集中をそぐ芝居が気になった。たとえば、主人公が「こ、恋・・・?」とあわてながらいうセリフ。詰まるセリフ自体もどうかと思うのだけど、その間が不自然だったり。狙いと言われればそれまでなのだけど、こういったものの積み重ねは気になるところだ。



この作品は、シナリオコンクールのお手本になるべきものだ。その意味合いがなければ、この時期に公開する意味は無い。だからこそ、
 ・これだけのシナリオを書いて見せろ!
 ・そうすればこれだけの作品にしてやる!
という気概を見せて欲しかった。そういう意味で、ちょっと残念。


ただ、違う視点で解釈すると
 ・君たちは、まず、ここまでのものを目指して作ってきなさい。
  それができてないものが多すぎるのだから。
 ・ここまでのものをつくれば、ようやくこういう作品を作れるのだから。
という思いがこめられていたのかもしれない。
だとすると、本当に厳しい世界からの、厳しい現実と要求を突きつけられている。それを真摯に受け止めて、コンクールに挑戦しなければならないと思う。



この作品、なによりも素晴らしかったのは
「よし、書いてみよう」
という気持ちを促すことだ。少なくとも、萎えさせるようなことはない。
当たり前のようで、意外とこのさじ加減は難しいと思う。



それにしても、夏帆はいいなぁ。こういうかわいさを女優って、ほかにいない。この魅力をどこまで維持できて、年齢を重ねる中でどういう方向に発展させていくのか。すごく興味がある。本人の才能と努力はもちろんのこと、関わる多くの人間が致命的な不手際をしないことがすごく大事だと思う。大切に育って(育てて)欲しい。