母べえ

今年、最初の「泣いた」作品。すばらしい映画。

睡眠が不足気味で昼食後という厳しいコンディションでの鑑賞。ゆったりした映画だし、居眠りしてしまうのを覚悟していた。
しかし、そんな懸念はまったく必要なかった。眠気なんて吹き飛んだ。おかげで、鑑賞後もその状態がしばらく続いた。


この映画の魅力。

・すべての登場人物を好きになれる
 主人公の母べえを中心に、すべてのキャラクターが魅力にあふれている。ただ単にいい人なのではないし、ただ単に悪い人もいない。みな、素敵なところと欠点を兼ね備えている。何よりもすごいのは、その欠点さえも愛らしさを感じさせる人物設定。言葉遣い、話し方、動き、表情、すべてが「人らしさ」にあふれている。
 それぞれの人物が、それぞれの思惑を抱えつつ、でも人に優しく、ときには傷つけてしまいつつ。でも、素直さと、愛情に包まれて、「和」をつくる。日本のよき家庭とは、こういうイメージなのだと憧れる。
 笑福亭鶴瓶の演じる役のおっさんなんて、現実に関わるとしたら、たぶんかなり苦手なタイプなんだけど、それでも「憎めないなあ」と思わされてしまうくらい。他の人物に至っては、好感しか残っていないかもしれない。

・非日常を日常的に切り抜いた上で魅力がある
 戦時下という時代、父親が思想家(しかも、弾圧を受ける)の家庭、しかも祖父は警察官(父親が弾劾を受けている立場なのに)などなど、現代における日常とはかけ離れた状況で生活している人々。
 しかし、それが彼らにとっての日常。警察から弾劾を受ける日々も、投獄されて面会に行く日々も。もちろん、現代にも通じる「幸せな家族の団らん」「毎日の家事をこなすこと」「町内の変わった人々との関わり」なども日常。この相反する状況が織り成す「日常」を、ていねいに切り取って物語が進んでいく。そこには、不思議なくらい「無理につくりこんだ状況」を感じさせない。

・普遍性の高い、オーソドックスな笑い
 シリアスなシーンが印象に残るなか、随所に「笑い」が起きる場面がちりばめられている。最新のコメディ映画では使わなそうなネタかもしれないが、抜群の間とタイミングで織り成す芝居で笑いを導く。緊張した心身を、すっ、とほぐしてくれる良いアクセントになる絶妙なさじ加減(ただ笑いのために入れているわけではない)。
特に、浅野忠信大滝秀治のやりとりは、志村けんのコントを髣髴とさせるほど秀逸。面白かった。


・戦争のむごたらしさを、戦いの場面を描かずに見せる
 この作品では「戦時中の生活を脅かしていたもの」を描いている。それは、兵器を使用した殺戮の現場ではなく、それをとりかこむ「社会の仕組み化」にある、と。「そんな中でも、懸命に、ひたむきに、前向きに、一生懸命生きようとする家族とそこに関わる人々との交流」との対比、そして「交わし、立ち向かい、いなし、抗い、乗り越える」姿を通じて伝えている。
 こんな人たちを大切にすることが「国」の存在する価値であるはずなのに、まったく逆のことをしている。それが、戦争にまい進する国家なのだ。
 ただ、この姿は、当時の「国」ほどあからさまでないだけで、現在の「国」についても同じことが起きている、ということをいわんとしているようにも感じた。



映画の本論とは関係ないのだけど、出征のシーンで「バンザーイ」と参照している映像を見ていて、いまさらながらに怖くなった。「なんてうまくできたシステムなんだ」と。
戦争を推し進めたい人々が、いかにして合理的にその状況をつくりだすか、入念に考え込まれた仕組みだと思った。これは、「バンザーイ」に限らず、「ぜいたくは敵だ」という標語・活動や、「非国民!」という言葉などを含め、あらゆる方策が練りに練って浸透させられていたのだな、と感じた。

で、その上で思った。僕は、この映画の登場人物たちのように、戦争に対して「正しくない」と言い切れるかどうか。今この場で誰かに質問されたら、答えきる自信はある(正直、理屈を超えて反応してしまうだけかもしれないけど、ぶれることはないと思う)。
でも、当時の状況に置かれた上で、映画にでてくる父親が受けた扱いがあることを知った上で、それでもなおできるか。そこまでの覚悟を持って自分の考えを貫き通すことが出来るか。その自身にゆらぎを感じたことが、すごく怖かった。



そんなこんなで、山田洋司監督には脱帽。「おみそれ見ました」という感じ。この年齢になってもなおこんな作品を作られてしまったら、若手の活躍の場がすごく難しい。それくらい、感動した。


そして、吉永小百合の凄さを、あらためて知った。
吉永小百合が出演した作品て、あまり観たことが無かった。だから、ほとんどイメージ先行の先入観しかもっていなかった。でも、今回の作品を観て、ファン(というとちょっと違うのだけど、ほかに言葉が思い浮かばない)になった。
とにかく驚いたのは、「きれい」なこと。かなりアップの映像もあって、壇れいや志田未来といった「若さの美」と比較できてしまうのにも関わらず、全然見劣りしなかった(少なくとも、印象としてはそういう感覚が残った)。そこに、実年齢のことを加味したら、それはもう、ちょっと驚きを通り越していると思う。
映像によっては、年齢を感じさせるようなシーンもある(照明の当たり方で、年齢を感じさせる)。それも「歳をとった上での美」を理解することにつながったようにも思う。少なくとも、「あぁ・・・」とマイナスの印象を受けることはなかった。

さらに、「母性」がしっかりと伝わってくる、人間としての懐の深さも感じた。観ているのは芝居だけれども、本人にそれがなかったらここまで伝わってくることはないと思う。そういう「人としての魅力」も感じた。



さて、この作品。映画館にいくと「年配の客」が多いことに気づく。今回の客席も3分の2くらいは中年以上だったし、戦争を経験された年代と思われるような方々もちらほら。たしかに監督と役者と映画の内容と、若者向けではないような印象がある。実際に客がこういう状況だと、さらにその印象が強まるかもしれない。
でも、決してそうした年代向けに作られた作品ではない。すべての年代の人にとって喜怒哀楽を感じ、鑑賞したことの価値を味わうことができる。むしろ、若者にとってのほうが価値が高いと思う。多くの戦争映画では、戦争に直結するエピソードでしか戦争を理解できない。この映画からは、それとは違う側面からの理解ができる。経験がまったくない世代にとっては、この作品だからこそ出会えるものがあると思う。


観る前の期待を、十分に上回る内容でした。今年の邦画ベスト候補です。