ノーカントリー

すごい。
テレビやら何やらでの前評判が高いから期待値も高くしていったんだけど、そのハードルをなお越えていた。


まず何よりも印象に残ったのは、音。BGMはほとんど入らない。ハリウッド映画なんかだと「いかにして音楽をうまいこと使って、映像とストーリーでは作れなかった感情への訴えかけを補完する」という意図が満載のつくりになっている。音楽を有効に使うことは正しいことだと思うのだけど、大作系はいきすぎだと感じている。

それにくらべるとこの作品は、それが一切無い。にもかかわらず、信じられないくらいの緊張感がみなぎっている。ストーリーと演出(役者の演技含む)だけで表現し尽くしているあらゆるシーンで


 「何かが起こりそう」


という漠然とした不安感がよぎり、音楽のない静けさと、それに伴う物音や人間の呼吸音のリアルさが、ひたすら感情をゆさぶってくる。黒澤清監督が「このドアの向こうには何かありそう、と思わせる演出へのこだわり」について語っていたのを聞いたことがあるのだけど、それってこういうことなんだな、と実感させられる場面に何度も何度もであった。



しかし、音楽がないのにどうしてこれだけの緊迫感を味わわせることが出来るのだろう。
思ったのは、観客の頭に「思い込み」をこびりつかせた、ということ。
冒頭部からかなり念入りに
 ・何をしでかすかわからないキャラクター
 ・「何が起きるか想像できない」ことが起きていくストーリー展開
を印象づかせるように物語が作られていたと思う。宣伝でもそれを感じさせるような内容を伝えているうえに、冒頭部からそれがさらに刷り込ませるようになっている。ここまで丁寧に流れを作られると、観客も「その気」になって観てしまうものだ。


それと、(これは映画を観ているときは気づかなかったので違うかもしれないのだけど)映像の作り(光や色合いの加減、構図、セット、等)で、何かが起こるときとそうでないとき、それぞれの共通するものを用意していたようにも思う。
もうちょっというと、意図的に「一般的に感じやすい印象とは別のこと」となるようにしていたかもしれない。たとえば、暗い状況で人を殺す場面が意外と少ない。でも、人の感覚として、暗いほうがなんか怖いというのはあるはず。明るいときにあんな場面があったのだから、と思ってみていたら、実際は大きな出来事は起こらない暗い場面でも、何かが起きたときに負けないくらいの緊張感で見てしまうんじゃないかと思う。そういったことが意図的に使われている気がした。


さらに、何も描かないことによる怖さが際立っていた。たくさんの場面で、無味乾燥的なくらい繰り返し残酷な殺人シーンが描かれてくるのに、あるとき突然「殺すちょっと前の状態でシーンを切り、殺した後の行動だとわかる動作(車の洗浄とか)を描く」みたいなことをする。きちんと人殺しのシーンを描いた上でこうした省略を入れることで、妙に恐怖感が上乗せされるというのがよくわかった。



いっぽうで、ちょっとした面白みも入れられている。犬が何度も出てくるのだけど、なんか妙にちゃちい。この表現の意味は、実際に映画を見るとわかってもらえると思う。
あと、スリーアミーゴスみたいなメキシカンがコミカルにでてきたり。ちょっとしたこネタを仕込んできている。これまた、内容とタイミングがとてもうまい。これだけシリアスなのに、流れを壊すことなく、でも笑わせてくる。そういう作品を作りたいと発想する人は山ほどいるだろうけど、実際にこういう完成度でつくるのは、ものすごい難しいと思う。



正直、この映画は、ストーリーや何やらから何かを感じ取ることは難しいと思う。テーマも内容も難しいし、描き方も非常に映画的で、映画を観ることに精通している人じゃないと「難しい」と思って終わってしまうと思う。
でも、間違いなくすごい映画だ。そして面白い。これは、映画の見識に関わらず、たくさんの人が感じ取れるものだと思う。


この映画について話すときは、へんに小難しいことはいわず、ただ「すごい」「面白い」ということで盛り上がればいい。そう思えるくらい、素晴らしい作品だった。


それにしても、本当に勉強になった。
やはり映画は「キャラクターを綿密に仕立て上げ」「彼らが目一杯生きる場を与えるストーリーをくみ上げる」ことが大事。
他のものはなくても、これだけは絶対に外さないように徹底的にこだわり抜けば、いい作品を作り上げることが出来る。そう信じることが出来た気がする。