やっかいなことって、なんで「とある一時期に一気に降りかかる」のだろう・・・?(-_-;


今日はまさにそんな一日だった。


朝いちばんに取り組むことになったのは
 ・腹立たしいほどの言いがかり
と感じるような対応からだった。


そのあと降りかかってくる用件は
 ・段々と自分の責任度合いが大きなもの
というように続く。


そうかと思うと、突然
 ・ただただむかつくだけの勧誘電話
がかかってくる。しかも、作業的にすごくシビアなタイミングで。


そうこうするうち、イライラがピークに達しつつあったところに
 ・すごく影響の大きな根本的な問題
が突きつけられた。


この時点でだいぶ萎えていたのだけど
 ・仕事終わりのまとめをしようとするところを、その話題で呼び止められてつかまる
という・・・(-_-;



朝一で頭にきたところに次々と、しかも段々と自分が追い込まれるような気分になるネタが降り注いでくる。そうなると、無責任かとは思いつつも、感情的な反応が出てしまう。
自分が引き金であることだとしても、その他のことでつのったイライラが影響して、「知らんよ、そんなの・・・」と言いたくなってしまったり。興奮して語気が荒くなったり。


そうはいっても、心の中では「悪いぞ、そういうのは」と語りかけてくる良心もいるのですけどねぇ。なかなかカラダが素直にききいれられないもので・・・。
今日は、睡眠不足と体調不良と重なったこともあって、かなり最悪だった。いや、もう。



こういう状況になったとき、毎度のことだけど、気をつけないといけないと思う。特に、自己正当化の度合いが強くなる兆しを感じたときは要注意。
こんな言葉が頭に浮かぶときは、埋没しているはず。
 ・なんで話が理解できないんだ?
 ・前に言った(言われた)ことでしょう・・・
さらに、視野が狭くなりだして
 ・それをやるなら、もう根本的にこうやるしかないでしょ、影響大きいけど。
みたいな偏った立ち位置(かつ、そこから動かない)ようになったり。


いちおう、なんの理由も無く思い浮かぶものでもないので、その場しのぎの適当なことが浮かんでいるわけでもないとは思う(場合によっては、最終的な結論になることもあるかもしれない)。ただ、こうした言動が「反省と建設性」が根本にあってでてきたものかどうか、ということが大事。これが無い(薄い)場合、落ち着いて取り掛かりなおさないといけない。


こういう姿勢を、できる限り多くの場面でできるようになりたいところです。とはいえ、今の自分では、まだまだ達していないです・・・。まだまだ、人としての懐が小さいなぁ・・・(^_^;